なぜ自治体や中小企業のデジタル化が進まないのか?

 最近デジタル庁だのDXだの言われているが、それでもなぜ自治体のあるいは中小企業のデジタル化が進まないのかと言えば、個人的には、一因は「スケールメリットが追求できない」ということがあるように思える。

 スケールメリットとは何なのか言い換えれば処理しなければならない情報が指数関数的に増えているかと言うことである。

 例えば、銀行にコンピューターが導入される前はありとあらゆる手順が手作業で預金者は支店にある台帳ベースで作業をしていた。当然金利の計算は仕事の徹夜もザラだったで、預金の出し入れは開設店でしかできず、銀行の預金量は経済成長に合わせてうなぎ登りでもはや人海戦術でやっていられなくなってきた。

 こうして1960年代後半から銀行に導入されたコンピュータシステムは手作業の業務を再現し、それをコンピューター上で行うことに成功した。開設店でしかできなかった預金の引き出しも全国で出来るようになった。

 さらに特筆すべきことは、公共料金の一括引き落としや給与振り込みサービスである。依頼先の企業が磁気テープをセンターに持ち込んで、処理結果を戻すことで引き落としの正否が正確かつ迅速にわかるこのシステムは集金係を徐々に不要にし、「銀行は未だにこれに匹敵するような効率化を実現できていない」とすら言われるような画期的なシステムとなったのである。

 こうして高度成長期という時代背景もあいまって、例えば三菱銀行では1970年からのわずか5年で預金量が倍増し、振り込みをオンラインで処理する全銀システムの稼働などもあり、銀行のシステムで処理されるデータは指数関数的に増え、システムは限界に達して、第二次オンラインシステムの開発が開始される運びとなった。客が増えれば増えるほど、サービスが増えれば増えるほど処理する情報は増える。

 同じように1960年代末から70年代にかかけていち早くコンピュータを導入した業界に国鉄や新聞社が上げられるが、国鉄のオンライン予約システムMARSは、これまでの人海戦術と職人技に任せていた予約管理では増える列車や輸送量に耐えられなくなってきたし、新聞社もこのころCTPと呼ばれるメインフレームを使ったDTPを開発し出すが動機はいずれも人手不足と需要の増加だった。

 CTP導入前の印刷工程は、活版印刷の発明から500年間変わらない重い鉛板を使った印刷工程を軽くて扱いやすいオフセット印刷と記事データのオンライン電送に置換することで、少人数での印刷を可能にし、かつ増え続ける部数への対応や、遠方の読者への締切りを遅くすることの出来る分散印刷を可能にし、何より情報を蓄積して再利用することで新聞社を情報バンクとして活用するという当時としては斬新な構想の下で開発が進められた。

 しかし、そのプロジェクトはIBMをして「アポロ計画より困難」と言わしめるほどだったし当時の朝日の記者の論文では「新聞の本質は情報で紙である必要が無い」*1と断言しており、今の新聞社よりもよっぽど先見の明があったと言わざるを得ない。

 また、ジム・オライリーはかつて成功したインターネット企業として「まず、ユーザーが中心となって巨大データベースを作り、多くの人が使えば使うほどそのデータベースは良くなっていってるってこと」をあげていたが*2、これまでに上げたオールドエコノミーとは異なるが、ユーザーに使って貰うことで社員だけでは到底集められないような巨大なデータベースを構築し、更にサービスを良くして、さらに人を集めるという循環で成長した企業はIT業界には珍しくない。

 個人的な経験として、今は無きPicasaを使ってTwitterでイラストを集めていたら、5~600件を超えた辺りから管理しきれないし、そもそも使い勝手が今一自分の要求に合わないのでAccessを買ってデータベースを自作して、そのうち画像集めも自作して・・・とやっていったらいつの間にか10万件を超える画像を扱っていて、1週間でかつて自分が扱えないと思った数の新規の画像が蓄積されてるデータベースになってしまった。

 このような成功事例と現在を比べてみると、確かに今は人手不足だけど、情報の処理量が指数関数的に増えてるのかと言われたらそんなこともない。下手したら今後どんどん下がりかねない。中小企業なんて本来なら紙で十分管理できてITなんて実態としては清書機と言うところも多かったりする。

 そういう情勢で「何故IT化するのか」という意義を見据えないと「効率化の手段」に過ぎないITがそれを導入することが目的になってしまう。神Excelなんてやってるところは、本来であれば申込書を手書きさせて郵送なりファクスでも十分回るような仕事量しかないのである。

 自衛隊派遣の三要素は公共性・緊急性・非代替性というが、IT化もそれが当てはまるのではないだろうか。たとえば、回転寿司業界は食品ロスは「もったいない」という宗教的あるいは道徳的な意味だけではなく業績に直結するし、客の回転率もまた業績に直結するので、古くからIT化に取り組んでおり先進事例としてしばしば取り上げられることも珍しくないが、「食品ロスを減らさないと儲からない」という公共性と緊急性があり、それにはIT化しかないという非代替性があったからこそなのではないだろうか?